目次
ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)って何?
「ACT(アクト)」とは、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and Commitment Therapy)の略で、近年注目されている心理療法の一つです。
認知行動療法(CBT)を土台としながら、「不安やつらい感情を無理に消そうとせず、そのまま受け入れ、自分にとって大切な方向へ行動していく」ことを目的としています。
ストレス、不安、うつ、トラウマ、慢性痛、依存症など、幅広い領域で効果があると報告されており、アメリカ心理学会(APA)でも有効な治療法の一つとして紹介されています。
日本でも、カウンセリングや医療現場、企業のメンタルヘルス研修などで少しずつ取り入れられるようになってきました。
ACTの特徴:感情を「なくす」ではなく「受け入れる」
従来の認知行動療法(CBT)は、ネガティブな思考を現実的な考えに修正する「認知再構成法」が中心でした。
一方でACTは、思考や感情を“変える”のではなく、“そのまま受け入れて生きる”という新しい視点を提案します。
たとえば、「失敗したくない」という不安を感じたとき、無理に「大丈夫」と思い込もうとする代わりに、「今、自分は不安を感じているんだ」と気づきながら、それでも自分にとって大切な行動(例:挑戦する、話しかける、発表する)を選ぶ。
このように、感情をコントロールするのではなく、共に歩むことを重視するのがACTの特徴です。
ACTが目指すのは「心理的柔軟性(Psychological Flexibility)」の向上。
これは、「どんな感情や状況の中でも、自分にとって価値ある行動を選べる力」のことです。
心理的柔軟性を高める6つのプロセス
ACTでは、「受け入れながら行動する力」を育てるために、6つのプロセスを繰り返し練習します。これらは独立したものではなく、互いに影響し合いながら心の柔軟性を高めていきます。
① 受容(Acceptance)
嫌な感情や思考を「消そう」とせず、そのまま存在させるスキル。
たとえば、「不安を感じるのはダメ」と否定せず、「不安があるのは自然なこと」と受け止めます。
② 認知的脱フュージョン(Cognitive Defusion)
思考と現実を切り離して眺める練習。
「私は失敗者だ」と思っても、それは事実ではなく「そういう考えが浮かんでいる」と捉える。思考に巻き込まれにくくなります。
③ 現在へのマインドフルな気づき(Mindfulness)
過去や未来にとらわれず、今この瞬間に注意を向ける練習。
呼吸や感覚、周囲の音などに意識を戻すことで、心が「今ここ」に戻りやすくなります。
④ 自己概念の柔軟性(Self-as-Context)
「考えている自分」と「それを見ている自分」を区別し、変わらない“観察者”としての自分を育てるプロセス。
これにより、感情に飲み込まれずに自分を客観視できます。
⑤ 価値の明確化(Values)
自分にとって本当に大切なことを明らかにします。
たとえば、「挑戦」「誠実」「家族」「学び」など、行動のコンパスとなる価値を見つけることがポイントです。
⑥ コミットした行動(Committed Action)
価値に沿った行動を、小さくてもいいので実際に起こしていく段階です。
不安があっても、「自分の大切な方向に一歩踏み出す」ことで人生が動き始めます。
ACTが役立つ場面
ACTは、多様な問題に応用できます。特に以下のような人に効果があるとされています。
- 慢性的なストレスや不安、うつ症状がある
- トラウマやPTSDを抱えている
- 慢性疼痛や病気と向き合っている
- 完璧主義で、自分を厳しく責めやすい
- 感情に振り回されて疲れやすい
ACTは、「ネガティブな感情をなくす」ことではなく、「感情があっても行動できるようになる」ことを目指します。
そのため、再発防止や長期的な回復にも役立ち、人生の満足度を高める効果があるといわれています。
日常でできるACTの練習法
ACTのエッセンスは、日常の中でも少しずつ練習することができます。ここでは簡単に取り入れられる3つのワークを紹介します。
① マインドフル呼吸
静かな場所で目を閉じ、ゆっくり呼吸に注意を向けます。
雑念が浮かんでも「考えている」と気づき、呼吸に意識を戻します。これを繰り返すことで「今この瞬間」に戻る感覚が身につきます。
② 思考のラベリング
「〜すべき」「〜してはいけない」といった考えが浮かんだら、「これは『〜すべき』という考えだ」と心の中でラベルをつけてみましょう。
思考と自分を切り離し、冷静に対応できるようになります。
③ 価値マップ作り
「仕事」「家族」「健康」「学び」「趣味」などのカテゴリーごとに、自分が大事にしたい価値を書き出します。
迷ったときに、「自分は何を大切にしたいのか」に立ち返る指針になります。
ACTとマインドフルネスの関係
ACTとマインドフルネスは切っても切り離せない関係にあります。
マインドフルネスは「今この瞬間に意図的に注意を向け、評価せずに受け止める心のあり方」を意味します。
ACTでは、マインドフルネスを通じて思考や感情を“観察する力”を育て、
「自動的な反応」から「意識的な選択」へと切り替えられるようになります。
その結果、ストレス耐性や人間関係の柔軟性が高まり、自己受容の感覚が深まります。
ACTを学ぶには
ACTを学ぶ方法はいくつかあります。
- 専門書やワークブックでの自己学習
- ACTを取り入れたオンラインプログラムの活用
- 公認心理師・臨床心理士などによるカウンセリング
- ACT研修やグループワークへの参加
自己学習から始める場合は、まずマインドフルネス瞑想や「価値マップ」など、実践しやすいワークから始めると良いでしょう。
特に、日本ACT研究会(J-ACT)が公開しているワーク資料や講習情報は信頼できるリソースです。
まとめ:ACTは「より良く生きる」ための心理療法
ACTは、つらい感情をなくすことを目的とせず、
「感情を抱えながらも、自分にとって大切な人生を生きる力」を育てる心理療法です。
完璧でなくても、落ち込む日があってもいい。
その状態を否定せず、「それでも自分にとって大切な方向へ進む」。
それこそが、ACTが教える“しなやかな心のあり方”です。
ストレスの多い現代社会で、ACTは「心の柔軟性」を取り戻す大切なツールとなるでしょう。
参考文献一覧
- Hayes, S. C., Strosahl, K. D., & Wilson, K. G. (2012). Acceptance and Commitment Therapy: The Process and Practice of Mindful Change (2nd ed.). The Guilford Press.
(ACTの理論と臨床実践を体系的にまとめた代表的著書) - Harris, R. (2019). ACT Made Simple: An Easy-to-Read Primer on Acceptance and Commitment Therapy (2nd ed.). New Harbinger Publications.
(初心者にも読みやすい実践的ガイド) - Twohig, M. P., & Levin, M. E. (2017). Acceptance and Commitment Therapy as a Treatment for Anxiety and Depression: A Review. Psychiatric Clinics of North America, 40(4), 751–770.
(不安・うつへのACTの有効性をまとめたレビュー) - 日本ACT研究会(2024). 「ACTとは?」 https://www.j-act.org/about-act/
(日本語でのACT基礎解説とワーク紹介) - 厚生労働省 e-ヘルスネット. 「マインドフルネス」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-008.html
(ACTの基盤であるマインドフルネスの公式解説)