「自分が誰かを傷つけてしまうのではないか」
「知らないうちに事故を起こしてしまったかもしれない」
「過去の行動で人を傷つけていないか何度も思い返してしまう」
このように、現実には起きていない「加害」を過剰に恐れてしまう状態を「加害恐怖」といいます。これは強迫症(強迫性障害:OCD)の一種であり、本人にとって強い苦痛を伴います。
この記事では、加害恐怖の特徴や心理的背景、原因、克服方法についてわかりやすく解説します。
目次
加害恐怖とは?
加害恐怖とは、自分が意図せずに他人を傷つけてしまうのではないかという強い不安にとらわれる状態です。
例としては:
- 車を運転したあと「人をひいてしまったのではないか」と何度も振り返る
- 階段ですれ違ったとき「ぶつかって相手を怪我させたかも」と心配する
- 料理で包丁を使うと「家族を傷つけてしまうのでは」と不安になる
- 過去の発言や行動を繰り返し思い出して「相手を傷つけたかも」と悩む
実際には危害を加えていないのに「もしも」という考えが頭から離れず、確認や回避行動を繰り返してしまいます。
強迫症における加害恐怖の特徴
加害恐怖には、大きく分けて2つの要素があります。
強迫観念:頭に浮かぶ怖い考えやイメージ
「さっき自転車で誰かにぶつかってしまったかも」「車で誰かをひいてしまったのでは?」といった不安が、繰り返し頭に浮かびます。
実際には事故や加害行為は起きていないのに、まるで現実のように鮮明に想像してしまい、強い恐怖や罪悪感に襲われます。
強迫行為:不安を和らげるための行動
不安を少しでも減らそうとして、次のような行動を繰り返します。
- 何度も道を戻って「事故が起きていないか」確認する
- 人に何度も謝る、相手の反応を確かめる
- 人と接触しないように避ける
- ニュースやSNSを見て、自分が関わった事故が報道されていないか確認する
一時的には安心できますが、時間が経つとまた不安が戻り、再び確認や回避を繰り返してしまいます。これを「不安と行動の悪循環」といいます。
「分かっているのにやめられない」のが特徴
加害恐怖の人は、多くの場合「これは考えすぎかもしれない」「実際には何もしていない」と頭では分かっています。
それでも、不安を完全に無視するのはとても苦しいため、確認や謝罪を繰り返してしまうのです。
この「合理的に考えれば大丈夫と分かっているのに、行動を止められない」という感覚が、強迫症の大きな特徴です。
日常生活への影響
加害恐怖が強くなると、次のような困りごとが起きることがあります。
- 出勤途中に何度も道を引き返して遅刻する
- 運転が怖くなり、車に乗れなくなる
- 人と会うのを避けるようになり、孤立してしまう
- 謝罪や確認がやめられず、人間関係に負担がかかる
これらは「性格の問題」ではなく、脳の不安システムが過剰に働いてしまうことで起こる症状です。
加害恐怖の原因
加害恐怖は「性格が弱いから」「気にしすぎだから」起こるものではありません。
脳のはたらきや性格の傾向、環境など複数の要因が重なって発症することが多いといわれています。ひとつずつ見ていきましょう。
1. 脳の神経伝達物質(セロトニン)の不調
私たちの脳は、セロトニンという物質を使って「不安」や「落ち着き」をコントロールしています。
このセロトニンのバランスが崩れると、脳が過剰に危険を感知しやすくなり、普通なら気にしないことにも強い不安を感じるようになります。
たとえば、
- 「さっき人にぶつかったかも?」という考えが頭から離れない
- 何度確認しても安心できない
といった状態は、脳のブレーキが効きにくくなっているサインといえます。
2. 遺伝的要因
研究では、強迫症や不安障害は家族の中で起こりやすい傾向があることが分かっています。
必ず遺伝するわけではありませんが、もともと不安を感じやすい体質を受け継いでいると、加害恐怖を発症するリスクが少し高まります。
3. 性格的要因(真面目・責任感が強い・完璧主義)
加害恐怖を持つ人の多くは、もともと次のような傾向があります。
- 人に迷惑をかけたくない、傷つけたくないという思いが強い
- 間違いや失敗を極端に嫌う
- 「もしも」の可能性をゼロにしないと安心できない
こうした性格はとても誠実で素晴らしい一面ですが、行きすぎると「自分が何か悪いことをしてしまうかも」という不安を抱えやすくなります。
4. ストレスや環境要因
強いストレスや生活環境の変化がきっかけで、加害恐怖が始まることもあります。
- 実際に事故を目撃した、ニュースで事件を見た
- 大きなライフイベント(引っ越し、就職、出産など)で緊張状態が続いていた
- 人間関係のトラブルや強いプレッシャーがあった
こうした出来事が「自分もいつか人を傷つけるかもしれない」という恐怖を強めてしまうことがあります。
原因は一つではない
加害恐怖の原因は、脳や体質、性格、生活環境などが複雑に関わっています。
「気の持ちよう」で片づけられる問題ではなく、脳や心のバランスが崩れているサインと考えると理解しやすいでしょう。
まずは「なぜこんなに不安になるのか」を知ることが、回復への第一歩です。
加害恐怖が生活に与える影響
加害恐怖が強くなると、日常生活にさまざまな支障が出ます。
- 車の運転を避ける
- 人との接触を避け、引きこもりがちになる
- 何度も謝罪や確認をして人間関係がぎくしゃくする
- 学業や仕事に集中できない
本人は「人を傷つけたくない」という気持ちが強いのに、不安が生活を制限してしまうのです。
加害恐怖の克服方法
加害恐怖は努力だけで改善するのは難しい場合もありますが、治療やセルフケアによって改善が期待されています。
1. 認知行動療法(CBT)
加害恐怖の治療で効果的なのが「認知行動療法」です。
特に曝露反応妨害法(ERP)という手法が有効で、あえて不安を感じる場面に直面し、確認や回避行動を我慢する練習をします。
例:
- 道を戻って確認したくなるのをあえて我慢する
- 人と接触したあと「もし傷つけたらどうしよう」という不安を抱えながら行動する
時間が経つと不安は自然に弱まり、「確認しなくても大丈夫」と学習できます。
2. 薬物療法
強迫症の治療では、セロトニンの働きを調整するSSRI(抗うつ薬)が用いられることがあります。
薬物療法と認知行動療法を併用すると効果的です。
3. セルフケアの工夫
- 「不安はゼロにできない」と受け入れる
- 不安が浮かんでも「考えを止めずに流す」練習をする
- 日記に不安を書き出し、客観的に眺める
- 深呼吸・瞑想・運動でストレスを軽減する
4. 家族や周囲の理解
加害恐怖を持つ人に「考えすぎ」と言うだけでは逆効果です。
「本人にとっては現実的な不安」と理解し、治療や支援につなげることが大切です。
専門的な支援を検討すべきサイン
- 確認や回避に1日数時間を費やしている
- 学業や仕事、家庭生活に支障が出ている
- 不安で外出や人付き合いを避けている
- 「やめたいのにやめられない」と強い苦痛を感じている
このような場合は、心療内科や精神科での相談が必要です。
まとめ
加害恐怖とは、「自分が誰かを傷つけてしまうのではないか」という過剰な不安にとらわれる強迫症の一種です。
- 責任感や完璧主義、不安の誇張が背景にある
- 実際には危害を加えていないのに、不安で確認や回避を繰り返してしまう
- 認知行動療法(ERP)や薬物療法の有効性が報告されています
- セルフケアや周囲の理解も重要
「人を傷つけたくない」という気持ちは優しさの表れです。
その気持ちに縛られて苦しむのではなく、専門家の力を借りながら少しずつ不安を手放していきましょう。
強迫症について気になった方は
以下のページにて強迫症について詳しく解説しています。
強迫症について知るアプリ『フアシル-O 強迫を乗り越えよう』
強迫症について知るアプリ『フアシル-O』は、兵庫医科大学精神科神経科学との共同研究にて開発したアプリです。
推奨用途:強迫症の患者、その家族、強迫症の一歩手前の未病者の方への疾患理解の促進
iOSアプリダウンロード:https://bit.ly/fuasil_o_app
Androidアプリダウンロード:https://bit.ly/fuasil_o_google
※当アプリは診断や治療など医療行為・医療類似行為ではなく、疾患について知ることを目的としています。疾患の診断・治療をご希望の方は、医師の診断および治療をお受けください。

参考文献一覧
- 厚生労働省. 「みんなのメンタルヘルス総合サイト 強迫症」
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/nation/info_07.html - 国立精神・神経医療研究センター. 「強迫症」疾患ナビゲーション
https://www.ncnp.go.jp/nimh/clinical/ocd/ - 日本うつ病学会. 「強迫症の診断・治療ガイドライン」
- American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th Edition (DSM-5). 2013.
- Mayo Clinic. “Obsessive-compulsive disorder (OCD).”
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/ocd/

