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はじめに:気づかないうちに浮かぶ「考え」
「どうせ自分なんてうまくいかない」「また失敗するに決まってる」——
そんな考えが頭に浮かんで、気分が沈んだ経験はありませんか?
実はそれ、自動思考(オートマチック・ソート)と呼ばれる心の働きです。
自動思考は私たちが出来事に反応する際、ほとんど無意識のうちに瞬間的に浮かぶ「心のつぶやき」のようなもの。
普段は意識していませんが、この自動思考が私たちの感情や行動を大きく左右しています。
この記事では、自動思考とは何か、その仕組みと気づき方、そしてネガティブ思考に振り回されないための実践ステップを詳しく紹介します。
自動思考とは?
自動思考とは、出来事に対して瞬間的に浮かぶ「考え」「イメージ」「解釈」のことです。
「自分でも気づかないスピードで浮かぶ」という特徴があり、まるで反射神経のように心が反応しています。
例:
- テストでミス → 「私はダメだ」
- 上司に注意された → 「嫌われたに違いない」
- 友達から返信がない → 「もう嫌われたかも」
このような思考が浮かぶと、私たちは落ち込み、不安になり、行動を控えてしまうなどの反応を起こします。
つまり、自動思考は出来事そのものよりも「どう受け取るか」を決める心のフィルターといえるのです。
自動思考と感情・行動の関係
認知行動療法(CBT:Cognitive Behavioral Therapy)では、
「出来事 → 自動思考 → 感情・行動」という流れで人の反応を説明します。
例:
- 出来事: プレゼンで言葉につまる
- 自動思考: 「みんな笑ってるに違いない」
- 感情: 恥ずかしい、不安
- 行動: 次回の発表を避ける
同じ出来事でも、自動思考が違えば感じ方も行動も変わります。
たとえば、「うまく伝わらなかったけど次は改善できる」と考える人は、落ち込みすぎず行動を続けられるでしょう。
つまり、感情や行動を変えるためには「自動思考に気づくこと」が第一歩なのです。
ネガティブな自動思考に多い「思考のクセ」
自動思考には誰にでも共通する「偏り(認知のゆがみ)」があります。
以下のようなパターンに当てはまる人は多いでしょう。
- 全か無か思考: 「100点でなければ意味がない」
- 過度の一般化: 「一度失敗したから次もダメだ」
- 心の読みすぎ: 「きっと嫌われているはず」
- 破局的思考: 「最悪の事態になるに違いない」
- べき思考: 「〜すべき」「〜しなければならない」
- レッテル貼り: 「自分は弱い人間だ」「私はダメな人だ」
これらの「思考の癖」は、自分を責めたり、不安を強めたりする原因になります。
しかし、癖に気づけば修正することができるのです。
ネガティブ思考に気づくための5ステップ
自動思考は無意識に生じるため、「気づく」には意識的な練習が必要です。
以下のステップを繰り返すことで、徐々に自分の思考パターンを観察できるようになります。
ステップ1:気分の変化に注目する
まずは「気分の変化」に気づくことから始めましょう。
落ち込んだ、不安になった、イライラしたときに、「今、頭にどんな考えが浮かんだ?」と問いかけてみます。
ステップ2:自動思考を書き出す
ノートやスマホのメモに、出来事と浮かんだ思考をセットで書き出します。
たとえば:
- 出来事:友達からLINEが来なかった
- 自動思考:「嫌われたかも」「私だけ誘われていない」
書くことで、頭の中の思考を“客観的に見る”ことができます。
ステップ3:根拠を探す
その考えが「事実」かどうかを確認します。
「証拠はある?」「他の可能性は?」と自問してみましょう。
多くの場合、「そう感じただけ」であることに気づけます。
ステップ4:別の見方を考える
「忙しいのかもしれない」「後で返事が来るかも」など、現実的で穏やかな見方を付け加えます。
“ポジティブに考える”のではなく、“事実を広く見る”ことが大切です。
ステップ5:気分の変化を確認する
新しい見方をしたあと、自分の気分が少しでも軽くなったかを確認します。
思考と感情のつながりを実感できると、次第に「心の悪循環」を止める力がついていきます。
自動思考に気づくためのツール・方法
● 思考記録表
出来事・自動思考・感情・別の考え方を1枚の表にまとめる方法です。
自分の思考パターンを“見える化”でき、認知行動療法でも定番のワークです。
出来事 | 自動思考 | 感情 | 別の見方 |
上司に注意された | 嫌われた | 不安 | 指導してくれているだけかも |
● 感情日記
その日感じた気分の変化ときっかけを簡単に書くことで、自分の「思考の癖」が見えてきます。
● CBTアプリ
最近では、自動思考を記録したり再評価できる認知行動療法(CBT)アプリも増えています。
スマホで簡単に使えるため、継続しやすいのが特徴です。
自動思考への具体的な対処法
自動思考に気づいた後は、次のような対処を試してみましょう。
- 書き出して客観視する: 書くことで頭の中を整理でき、思考に距離を置けます。
- 「それは事実?それとも想像?」と問い直す: 現実検証の習慣をつけましょう。
- 信頼できる人に話す: 他人の視点を得ることで思考の偏りに気づけます。
- マインドフルネスを取り入れる: 思考や感情に「気づく練習」を通して、心の柔軟性を高めます。
例:自動思考を変えるワーク
出来事: プレゼンで言葉が詰まった
自動思考: 「最悪。みんな笑っている」
感情: 恥ずかしい、自己嫌悪
別の見方: 「誰でも緊張することはある」「内容は伝わったかもしれない」
気分の変化: 不安が少し軽くなる
小さな気づきを積み重ねることで、ネガティブな自動思考の影響は確実に弱まります。
注意点:専門家に相談すべき場合
次のような状態が続く場合は、自己対処にこだわらず専門家の支援を受けましょう。
- 自動思考が止まらず、1日中頭を占めている
- 強い自己否定や希死念慮(死にたい気持ち)がある
- 食欲・睡眠リズム・集中力に大きな変化がある
心療内科・精神科・公認心理師などの専門家が、あなたの状況に合わせて支援してくれます。
まとめ:自動思考を「敵」ではなく「味方」に
自動思考は私たちの心が自然に生み出す反応です。
ネガティブなものもありますが、気づいて見直すことで自分を守る力にもなります。
- 自動思考は無意識に浮かぶが、意識すれば変えられる
- 書き出して検証することで、感情の悪循環を断ち切れる
- 習慣化すれば、ネガティブ思考に振り回されにくくなる
自動思考は「変えるべき敵」ではなく、「気づくことで人生をより良くするパートナー」です。
今日から少しずつ、自分の心の声に耳を傾けてみましょう。
参考文献一覧
- 厚生労働省 e-ヘルスネット. 「認知行動療法」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-02-004.html - 日本認知療法・認知行動療法学会. 「認知療法とは」
https://www.jacbt.jp/ - Beck, J. S. (2021). Cognitive Behavior Therapy: Basics and Beyond. Guilford Press.
- Hofmann, S. G., et al. (2012). The Efficacy of Cognitive Behavioral Therapy: A Review of Meta-analyses. Cognitive Therapy and Research, 36, 427–440.
- WHO. Mental health: Strengthening our response.
https://www.who.int/